一般財団法人 保険代理店サービス品質管理機構

保険法と契約者保護-保険約款のエッセンスとしての保険法-

保険を検討する方・保険代理店の方へ

2025.08.13

保険法と契約者保護-保険約款のエッセンスとしての保険法-

(一財)保険代理店サービス品質管理機構 理事長
一橋大学名誉教授 米山高生

基本的な保険関連法規
 保険に関する基本的な法律は二つある。講学的にいえば、保険契約法と保険監督法だ。前者は、保険契約ルールの規律のために設けられたものであり、後者は、保険業を監督のための基本となるものである。フランスのように保険法典として二つが融合している国もあうが、わが国では、保険契約法は「保険法」、保険監督法は「保険業法」という二つの法律が定められている。

保険契約の特殊性
 保険という取引は、商品内容に関していえば、保険約款という複雑な取り決めにもとづいてなされるものであり、保険契約者にとっては複雑な取引であるといえる。反対に保険者からいえば、保険契約者(被保険者)の私的情報(private information)を、コストなしで知ることはできないという厄介な取引である。経済学の用語でいえば、情報のギャップや情報の非対称性によって生じる「インセンティブ問題」を生じやすい取引なのである。
 情報のギャップを利用して保険者が保険契約者を騙すようなことが頻発すれば、最終的には保険市場の信頼性が失われ、保険需要は衰えてしまう。逆に保険契約者(被保険者)が私的情報を隠して自分に有利な保険契約を締結するとしたら(これを経済学では「逆選択」という)、保険金支払いが増加して保険商品が立ち行かなくなってしまう。

経済学的機能からみた二つの法律
 保険制度は、情報のギャップや情報の非対称性によるインセンティブ問題を解決することにより、保険市場の効率性を達成することを目的に発展してきた。告知義務をはじめとする多くの保険契約慣行は、この流れの中で長い歴史を経て生成されてきたものである。保険法は、これらの伝統的な保険制度や保険慣行を十分に考慮しながら、情報の非対称性によるインセンティブ問題を緩和するという機能をもっている。ともすると保険法が他の契約と比べて契約者に対して強い制裁を帯びている場合があるが、それは契約者保護に反することではない。逆選択やモラルハザードを防止することが、保険市場の効率性につながるという観点からなされているのである。
 保険業法は、保険者である保険会社に対して、他産業に対するよりも強い規制と制裁を与える場合がある。それは、保険契約という複雑な取引において、保険会社が圧倒的な情報優位にあるため、それを用いて契約者の利益が損なわれないように監督されているのである。

保険法および保険業法の意義
 保険法と保険業法は、保険契約の構造からみれば、一方は保険契約者側から、他方は保険者側から一定の規制や規律を与えるものであるが、法の究極の目的は、契約者保護ということであり、ともに同じである。
 以下では、保険法と契約者保護についてより深堀りして考えてみたい。

保険法の立法
 現行の保険法は、比較的新しい法律である。では、それまで保険契約法がなかったといえばそうではない。保険契約に関する規律は、商法の一部に組み込まれていた。その部分が改正されたうえで、商法の特別法である単独法として保険法として2008年に成立した(施行は2010年)。
 保険法の立法にあたって、それまでの保険契約法とはいくつかの点で変更が試みられた。それは、表記が片仮名から平仮名となったこと、保険契約者保護という観点から見直しが行われたこと、そして保険約款への規律の在り方についての変更などであった。
 

契約者保護という観点
 このうち契約者保護という観点は、保険法の成立において最重要事項であった。保険法の機能は、私的情報によるインセンティブ問題の緩和である。そのため、前述したように、他の取引にくらべて保険契約者に対して強い制裁がかけられることがある。しかしこのことは保険市場の効率化をとおして保険契約者の利益につながるということから、契約者保護とは矛盾しない。ここでいう契約者保護というのは、従来の保険契約の慣行で保険契約者に不利なものがあれば、合理的な範囲内で改めていこうということである。
 ところで、消費者にとっては、保険者が保険会社であろうが、共済団体であろうが、「保険契約」を行っている点で違いはない。監督法かつ組織法である保険業法は、協同組合保険をその範囲に含めていないが、消費者保護という観点からみれば、保険会社の契約と共済団体の契約を別個のものとして規律することは問題であると考えられた。そこで、新しい保険法では、共済団体の提供する共済も規律の対象とされた。
 従来の保険契約法では、保険者の約款の規定が優先され、契約法はその基本を定めるにすぎないものであった。約款に記載されていないことがあれば、契約法の規定が採用されるが、契約自由の原則から約款の規定は契約法に強く縛られることはなかった。となると契約者に不利な保険約款が生まれるという懸念が生じる。しかしながら、監督官庁による商品認可があるので、実際的には保険契約者に極端に不利な保険約款は認められることはなかった。

保険約款への規律付けの在り方
 新しい保険法では、保険約款に必ずもりこまれなければならない強行規定の他、片面的強行規定を導入した。片面的強行規定とは、保険契約者または被保険者に不利な変更は認められないが、有利な変更は認めるという規定である。この規定の導入によって、保険法による保険契約の規律付けはより強力になったのである。

自由契約の世界
 保険法の改正における消費者保護の観点は、自由契約の世界の中に一定の修正を迫るものである。そのため、保険者と保険契約者が保険情報に関して対等な立場にある、企業保険については対象外としている。ここで活躍するのが、ブローカーであるが、わが国のブローカー制度は、最初から「ボタンを掛け違えたまま」の制度であることが問題である。もっとも最近、若干の改善がみられているが、私見では、ブローカー制度については、わが国の保険市場の効率化の観点からいずれ根本的な見直しが必要となる時期が来るものと考えている。
 なお海上保険に関する「海商法」という法律があるが、この部分についても、新しい保険法の趣旨とは異なるため含まれていない。

むすび 保険契約者として保険法から学ぶべきこと
 保険法の新しい点については、生命保険契約および傷害疾病定額保険に限られているが、山下・米山編著『保険法概説』有斐閣に体系的に示されている。ここでは、逐一、解説することはしない。
 保険契約者で自分の保険約款を子細に読む人はほとんどいないだろう。現行の保険商品は、商品認可と保険法の規律により、保険契約者に極端に不利な契約はないため、その必要を感じないことは理解できる。だが、保険法についていえば、ある意味では保険約款のエッセンス(モデル約款)だといえる。よって、保険法を読むことによって、保険約款の基本を理解することができる。条文も多くない。少し法律をかじったことのある方なら簡単に読みこなせるはずである。保険法の教科書を読むというのもよいが、そのもとになっている「原典」から学ぶのもよい。
 様々な保険約款をとおして多くの保険契約者の皆様とつながっている保険代理店に従事される方々にはぜひ保険法を読んでいただけるよう期待したい。そのうえで、保険法の教科書や、『保険法概説』を紐解いていただくと、保険契約の慣行の中に、長い年月を経た保険の「枯れた技術」が生かされていることに気が付かれるのではないか。保険販売の現場にいられる方が、保険契約の複雑だけれども枯淡な技術を感じ取っていただき、保険契約に込められた過去の人々の経験と願いを感じ取っていただきたいものだ。